『ごめんね・・・』高橋真梨子
今回、この曲のアレンジをすることになったのは、私が作成した解説動画に、ある方から送られたコメントがきっかけです。
私は、そのコメントを読んだ後、いてもたってもいられず、スグにYouTubeを検索して『ごめんね・・・』を聞きました。
曲を聞きながら歌詞を読み、こみ上げてくる感情を抑えるのに必死でした。
歌詞の中の「貴方」が、「おかあさん」に重なってしまうからです。
曲を聞き終わった後、コメントをくださった方に、必ずソロギターのアレンジを作成すると約束しました。
そのコメントを一部引用させていただきますので、ぜひお読みください。
【コメント】
この曲を聴いた時、なんて身勝手で都合のいい女性なんだと思いました。
しかし、ユーチューブ動画で全く違ったコメントをされている方がいたので、少し調べてみました。
高橋真梨子さんの父親は被爆が原因の病気のため、両足を切断されたそうです。
そして、母親は水商売をし、その痛み止めに使うモルヒネ代を稼ぐのに必死だったと言います。
間もなく父は実家に帰ってしまいました。少しでも経済的負担を減らそうとしたのでしょう。
やがて両親は離婚。
父親は長らく後遺症に苦しんだのち、37歳の若さで亡くなりました。
そして、母一人、子一人で、戦後の混乱を生き抜くのは、並大抵の苦労ではなかったでしょう。
生きるためには藁(ワラ)にもすがらなければならなかったお母さんは、やがて父以外の男性と付き合うようになりました。
しかし、幼い真梨子さんに大人の事情など分かるはずもなく、父以外の男と関係する母を、真梨子さんは憎むようになります。
中高生時代には、母が自分に触れることすら許さなかったそうです。
一時期は絶縁状態になっていましたが、母親が癌で余命半年の告知をうけてからは、亡くなるまで一緒に暮らしたそうです。
一緒に暮らす事で、母親を憎む気持ちも薄れ、色々な話が出来たのでしょう。
自身が作詞し、高橋真梨子さん最大のヒット曲となった「ごめんね…」は、最愛の人を裏切り、最後まで一緒に居られなかった、お母さんに捧げられたタイトルなのかもしれません。
可能であれば、ぜひ先生アレンジのソロギターを聴かせて下さい。
長文失礼いたしました。
【引用終了】
このコメントの真偽はわかりません。
しかし、高橋真梨子さんが生まれたのは、原爆投下からわずか3年半後の1949年、昭和24年3月。
出身地は広島市の隣の町です。
高橋真梨子さんは、何を思ってこの歌詞を書いたのでしょうか。
どんな思いで、この曲を歌っているのでしょうか。
そんなことを考えながら、ソロギターにアレンジしました。
ぜひ、挑戦してください。
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